シリコンバレー神格化の簡史:Moltbookというサイバーミラージュと物語の工業化
シリコンバレー神格化の簡史:Moltbookというサイバーミラージュと物語の工業化
あらゆるハイプ(熱狂的流行)にはお決まりの分業がある。資本が「神」を生み出し、一般大衆がその授業料を支払う──時間であり、注意力であり、時にはお金だ。暗号業界は10年以上、このサイクルを繰り返してきたが、2026年の波には新たな要素が加わった。エージェント型AIだ。
2026年初頭、GitHubにてオープンソースのAIエージェントフレームワーク OpenClaw が公開されると、開発者たちの想像力に火をつけた。その理由は、ほぼ「APIキーひとつ」で自律エージェントを展開できるほどの手軽さにある。 そしてその周辺に、さらに異質なアイデアが登場した。それが「Moltbook」。これは人間のためではなく、AIエージェントが投稿し、コメントし、”たむろ”することを目的としたソーシャルネットワークだ。コードを中心にどれほど素早く「信念のインフラ」が形成されるかを知りたいなら、このMoltbookに関する報道を読む価値がある。参考リンク
ただし、これはAIについての記事ではない。これは、物語が工業化されたとき、暗号業界に何が起こるのか、そしてそれが2025〜2026年の自己保管・オンチェーン・DeFi自動化において、なぜかつてなく重要な意味を持つのかを検証する記事である。
1)「高速開発」から「意味製造」へ:物語は今や生産ライン
かつてのシリコンバレーは製品を売っていた。その後はプラットフォームを売るようになった。そして現在、多くの企業は不確実性を「運命」に変換する物語を売っている。
暗号業界はこの構造に特に弱い。その理由は以下の通りだ:
- トークンが物語を流動的な金融商品に変え、
- 流動性が注目を価格に変え、
- 価格が「信じる力」をスコアボードに変える。
2025年、業界は実際に成熟を見せた。ステーブルコイン政策、スケーリング、機関によるトークン化などが進展した。しかし、表層の投機的構造は一向に変わらなかった。そこには常に、「あなたの署名」を奪い合う無数の物語が渦巻いている。
しかも、これはもはやカリスマ創業者とピッチデックだけで成り立つ世界ではない。
- 成長ループとバイラル拡散、
- インフルエンサーとの連携、
- エアドロップ戦略、
- 「コミュニティ」という名の顧客獲得構造、
- そして現在は、機械のスピードで投稿・取引・説得を行うAIエージェントたち。
まさに「物語の工業化」である。
2)Moltbookという鏡:観客であり演者でもあるAIエージェント
Moltbookの本質的面白さは、AIエージェントが「生きている」かどうかではない。人間抜きで、コンテンツが生成され、消費され、補強されるダイナミクスが可視化された点にある。これは、特に物語が市場を動かす暗号業界にとって最適なファクトリーと言える。
OpenClawのようなオープンソース・エージェント・フレームワークはこの流れを加速する。OpenClawは自身を「ローカルで拡張可能な自動化レイヤー」と位置づけ、「自分のコード、自分のAI、自分のルール」を謳っている。 参考リンク
しかし、暗号ユーザーならすぐに気づくはずだ。その裏に潜む危険性を。
新たな攻撃面:スキル、プラグイン、ウォレットに隣接する自動化
エージェントがファイルを読み込み、Webを巡回し、コマンドを実行し、プラグインを導入できるということは…
- シードフレーズの流出、
- クリップボードにあるアドレスの乗っ取り、
- 取引データの改ざん、
- 「すぐ終わるコマンドです」と言って騙してくるソーシャルエンジニアリング
…などのリスクを意味する。
実際、OpenClawの「スキル」を装って作られた悪意あるツールが、暗号資産を狙って活動しているとセキュリティ研究者も警告している。参考リンク
暗号業界における教訓: 2026年、最も危険なフィッシング詐欺は、もはやWebページではない。エージェントのワークフローテンプレートそのものかもしれない。
3)2025〜2026年の暗号業界・現実確認:実際に進んだ基盤
物語が大きくなるのは、現実が複雑になったときだ。しかし2025年には、以下の実質的な進展があった:
ステーブルコインは「グレーゾーン」から米国の明示的ルールへ
米国では、ステーブルコインの法整備がGENIUS法の提案と分析により大きく進展。準備金、償還手続き、開示、AML(マネーロンダリング防止)との連携強化が求められた。 参考リンク
政治思想とは無関係に、一つの明確なメッセージがある。ステーブルコインはインフラになりつつある。そしてインフラは、既存勢力と攻撃者の両方を引き寄せる。
Ethereumのスケーリング戦略は「Rollupファースト」に移行
活動の多くがロールアップとL2(レイヤー2)へと移行し、「スーパーチェーン」構造も台頭。これはETHスケーリング戦略として主要な柱となった。トランザクション数のシェア、リスクの分散などはL2Beatのレポートが詳しい。参考リンク
ユーザーへの影響: ブリッジの増加、チェーンの増加、署名コンテキストの増加…すなわち、資産を失うリスクポイントも増加。
詐欺となりすましは高度化され、AIにより加速された
Chainalysisの推計では、2025年には詐欺・スキャム被害が過去最多を記録。なりすましとAIの活用が、その主因となった。参考リンク
加えて、法執行機関は積極的な介入・資産差し押さえを開始:
- FBIによる「Operation Level Up」では、直接的な被害者通知を活用し、投資詐欺の被害削減に成功。 参考リンク
- 米司法省は、暗号投資詐欺ネットワークに関連した数億ドル規模の資産差し押さえ訴訟を起こした。 参考リンク
セキュリティ観点: 攻撃者は今や、マニュアルと道具を持ち、「カスタマーサポート班」まで整備している。防御側もそれと同等の組織力が求められる。
4)サイバーミラージュ:デモは本物、約束は幻
サイバーミラージュとは完全な虚構ではない。「信じたい」と思わせる程度には機能する仕組みのことだ。
- 本物らしく見えるダッシュボード
- コンパイルできるヴォールト契約
- 実際に1回取引に成功したエージェント
- 活気があるように感じさせる「コミュニティ」
2025年、ユーザーが最も多く陥った失敗は、「リスクを知らなかった」ことではない。
それは:「実行層より物語層を信じすぎた」ことだ。
エージェント主導の暗号業界では、この乖離がますます深刻になる。
- 物語は「あなたのために稼ぐAI」へと個別最適化され、
- 責任は曖昧化(「モデルが勝手にやった」)し、
- 行動の速度は人間のレビュー能力を凌駕する。
5)「他人の神」に対して、お金を払わないための実践戦略
AIエージェント時代における、暗号ユーザー向けセキュリティ戦略。
ステップA — あらゆる自動化ツールを「自己保管に隣接する存在」として扱う
以下の機能を持つツールは、もはや財布と同義:
- ブラウザプロファイルへのアクセス
- ローカルファイルの読み取り
- APIキー管理
- トランザクション署名の支援
そうした自動化=カストディの一部と見なし、ウォレットと同じ評価基準で精査せよ。
ステップB — 情報閲覧・取引・保管の環境を分離せよ
最低限のルールが最大の損失を防ぐ:
- 長期資産はコールドウォレットで管理
- エージェント用プラグインは資産保管端末に入れない
- Cookieやセッションの入った環境で資金を扱わない
ステップC — パーミッション管理が最強の防御
予測せずとも対策できる。「犯されたときに何が可能か」を減らす:
- 不要なトークン承認は取り消す
- 新しい契約に無制限アクセスを与えない
- テスト目的の低資産ウォレットを用意
Ethereumの「アカウント抽象化」や「セッションキー」概念などは、公式資料を参照のこと。
ステップD — 「なりすまし」がデフォルトと思え
誰かが「サポートです」「創業者です」とDMしてきたら、
- あなたはすでにスキャムの入り口に立っている
Chainalysisは、AI生成コンテンツを活用したなりすましの急増を詳しく記録している。参考リンク
6)ハードウェアウォレットの意義(そしてそれは遺物ではない)
AIエージェントが当たり前の時代、最も効果的なセキュリティは依然としてシンプル:
秘密鍵を汎用コンピュータの外に保管せよ。
ハードウェアウォレットは高度な技術ではない——しかし、盗難を簡単には自動化させない物理的障壁を設けてくれる。
AIエージェントを活用するなら:
- エージェントには「提案させる」だけにし、
- 実際の実行にはハードウェアデバイスでの確認を必須とせよ。
OneKey:検証主義の時代に相応しい選択肢
OneKeyの哲学は、「透明性とユーザーのコントロール」を重視する今の時代に合っている。ハードウェア・ソフトウェア双方のコードをオープンソースとして公開し、検証の透明性を本質的な機能に据えている。 参考リンク
2026年、「物語の工業化」が「自動化の工業化」と交わる時代において、自己保管は単なるストレージの問題ではない。人間による最終署名確認が、不可逆な行為への唯一の歯止めとなるのだ。
結びに:物語の解毒剤は「検証性」である
Moltbookはある意味、サイバーパンク的な里程標かもしれない。しかし暗号業界は、これまでにも何度もこの図式を見てきた。新しいツールにすぐ「信仰」が生まれ、マーケットは実質より先に「物語」に価格を付けてしまう。
2026年、ユーザーに必要なのは冷笑ではない。それは徹底した検証性である。
- そのコードは、何にアクセスできるか?
- 自分は何のパーミッションを与えているのか?
- その署名は何を意味するのか?
- そして、エージェントの手が届かない場所に、長期キーを保管しているか?
これが、他人が作った神々に貢ぐのをやめ、暗号業界を真に敵対的な環境として扱うための第一歩だ。



