テザーの二つの顔:規制を受けた双子「USAt」とオフショア帝国「USDt」
テザーの二つの顔:規制を受けた双子「USAt」とオフショア帝国「USDt」
ステーブルコインは、本来ならもっと退屈な存在であるべきだった。ところが、暗号資産市場で「最も安定的」とされる資産は、常に一つのパラドックスを抱えている。それは、市場で一般的に使われる“ドル”が、米国の規制下にはない、ということだ。
この10年以上、Tether(テザー)が発行するUSDt(USDT)は、暗号資産経済における事実上の決済通貨として地位を築き、取引所の流動性、国際送金、OTC取引、そしてオンチェーン取引ペアの根幹となってきた。その存在は、従来のフィンテックでは実現し得なかったスケールにまで達している。しかし、その存在が大きくなるにつれ、「規制的な出自を持たないドル」という存在の“構造的な抜け穴”がより一層際立ってきた。
2025年、その抜け穴は単なる議論の域を超え、米国のステーブルコイン規制、銀行グレードの準備資産基準、そして決済ネットワークとのパイロット連携といった、新たな競争の舞台となった。テザーが示した答えは、まさに「二重人格」の戦略だった。すなわち、従来のオフショア巨人USDtを維持しつつ、米国向けに規制された“合法的な双子”を立ち上げるというものだ。
これは二つのテザーの物語であり、ステーブルコインを現金、担保、あるいは命綱として保有するユーザーにとって、その意味を問いかけるものでもある。
1) 国境を持たなかった「事実上のドル」
中央集権型取引所でのトークンスワップ、チェーンを跨いだ送金、あるいはデリバティブ取引での担保として、あなたも一度は手にしたことがあるだろう。その通貨こそが、市場において取引単位として使われ続けている「ドル型トークン=USDt」だ。
USDtがこのポジションを獲得した理由は、理念よりも機能性にあった。
- 流動性の引力:深い注文板と豊富な通貨ペアにより、リスク資産への出入りが非常に容易だった。
- 移動の柔軟性:複数のチェーンやプラットフォームに対応し、規制ではなくトレーダーの動きに合わせて普及した。
- 世界中の“ドル需要”:特に米国外では、ステーブルコインが最も利用しやすい「デジタルキャッシュ」となった。銀行送金が遅い・高額・制限されている地域にとってはなおさらだ。
しかし、この帝国の土台は同時に、その最大の問題点でもあった。すなわち、規制監視の緩さ、法域ごとの開示バラつき、「オフショア中心型」の構造という設計である。
テザーは定期的に準備資産に関する情報(監査ではなく証明書)を公開しており、2025年第2四半期の公式発表では米国債への多額の投資や収益性にも言及している[公式発表はこちら](https://tether.io/news/tether-issues-20b-in-usdt-ytd-becomes-one-of-largest-u-s-debt-holders-with-127b-in-treasuries-net-profit-4-9b-in-q2-2025-attestation-report/)。それでもなお、第三者による評価では透明性やリスク構成に対する懸念が繰り返し指摘されており、例えばS&Pが発表した2025年の格下げなどは、[Financial Times](https://www.ft.com/content/974926ba-d295-4679-a4ed-7846b7f4242e)でも大きく報道された。
ここで重要なのは、USDtが“機能する”かどうかではない。むしろ、システム的に重要になれば、システム的な監視が伴うという原則こそが本質であり、2025年以降の規制環境は、ドル型トークンに「明確な身元」を求めるものとなった。
2) 新時代の潮流:求められるのは「市場シェア」ではなく「規制対応」
2025年末には、業界の関心は「どのステーブルコインが一番流動性があるか?」から「どのステーブルコインが合法的に使われ続けるか?」へと大きくシフトした。
その背景には、以下の2つの加速要因がある。
A)米国でステーブルコイン規制が法律化
2025年7月、米国は「GENIUS法」を可決し、ペイメント系ステーブルコインに対する連邦規制枠組みを制定。詳細はホワイトハウスのファクトシートやCongress.govの技術解説で確認できる。主な要点は以下の通り:
- 認可された流動資産による 1:1準備金の裏付け
- 定期的な財務開示
- 法令遵守を前提とした運用
その是非は分かれるとしても、方向性は明確だ。米国はステーブルコインを“オフショア的な利便ツール”ではなく、“規制されたマネー・インフラ”として扱おうとしている。
B)決済会社がステーブルコインを“金融インフラ”として運用開始
ステーブルコインは、もはやトレーダーの道具ではなく、「インターネット上の決済レール」として位置づけられている。
Visaは2025年12月、米国拠点の流通においてUSDCによる決済導入を発表、法人間の決済基盤として既存の枠組みを再構築することを目指す[公式リリースはこちら](https://corporate.visa.com/en/sites/visa-perspectives/newsroom/visa-launches-stablecoin-settlement-in-the-united-states.html)。
この流れの本質はレジで支払えるかどうかではなく、**24時間稼働・自動照合・ブロックチェーンでの資金移動という“次世代の決済インフラ”**という位置づけだ。
そして、ステーブルコインが金融インフラと融合するなら、コンプライアンスは単なる付加価値ではなく、製品そのものの機能になる。
3) 欧州で起きた実証:規制されたステーブルコインは“流通”を手にする
MiCAというEUの暗号資産規制体制下では、取引所が「認可を受けたステーブルコイン」のみを上場・提供せざるを得ないという現実が浮き彫りになった。
2025年初頭、複数の取引所がMiCAに対応するため、ヨーロッパの顧客向けにTetherやPayPal発行のステーブルコインサービスを停止、または制限した[CoinDeskの報道はこちら](https://www.coindesk.com/policy/2025/01/29/crypto-com-will-suspend-tether-paypal-stablecoin-services-in-europe-due-to-mica)。
この出来事が示すのは一点に尽きる:
ステーブルコインの流通は規制適合性によって制限される時代になった。
つまり、今後は「このトークンに流動性があるか?」以上に、「このトークンが自分の取引所、地域、決済アプリ、そして銀行の取り扱い対象であり続けるのか?」という問いが重要になる。
4) USAt(USAT)の誕生:テザーが見せた"法的な双子"
このような状況下で、テザーが打った最大の戦略カードは「新チェーン対応」ではなく「ブランドの分身」だった。
2025年、テザーは米国市場向けに**USAt(あるいはUSAT)**の提供開始を発表した。このトークンはGENIUS法に準拠した発行体と準備金運用体制の下で設計されており、テザー本体とは異なる「米国版のルールに適合したステーブルコイン」と位置づけられる。詳細はCoinDesk記事、およびBitfinexのリリースを参照。
USAtはその存在自体が重要なメッセージを放っている:
- 従来のUSDtの流通構造が、米国での規制期待に適合しきれないという認識の現れ
- 未来型ステーブルコイン(=規制されるマネー)の中で生き残るために創出された新たな存在
この2つの顔を明確にすること――
- USDt:既存のオフショア中心かつ流動性を持つトークン
- USAt:米国法対応の新ブランド、パーミッション型の法定準拠トークン
これは、「現在必要とされている市場」と「未来に適合しようとしている市場」の二重戦略であり、国際金融でしばしば見られるアプローチだ。
5) 規制体制はもはや「インフラ」に
この流れの中で、テザーだけが先行しているわけではない。最大の競合他社もまた、“規制体制そのもの”を自社のインフラに取り込みつつある。
サークル:ステーブルコイン発行から信託銀行への飛躍
Circleは2025年、OCCの下でナショナルトラストバンクとしての認可取得を目指して手続きを開始。6月には申請を発表し、12月には仮承認を得たことを公式リリース、およびこの発表で共有。
この動きが示すのは明白な方向性だ:ステーブルコインは、規制された金融インフラへと進化していく
Paxos:ネットワークで勝つ構造戦略
PaxosはGlobal Dollar(USDG)を発行し、これを中心に「Global Dollar Network」と呼ばれる戦略的ネットワークを発表。詳細は各公式発表(USDG、ネットワーク構想)を参照。
これは重要な転換だ:流動性の確保だけではなく、規制順守+流通+決済ネットワークとの統合こそが、ステーブルコインを「メインストリームの決済手段」に押し上げるのだ
カードネットワーク:ステーブルコインの“決済インフラ化”
Visaの最新展開(こちら)は、ステーブルコインを「交換手段」でなく「清算資産」として本格採用していることを意味する。
これにより議論の主題は「ステーブルコインが金融に適しているか?」ではなく、**「どのステーブルコインが受け入れられるか?」**に変わりつつある。
6) ユーザーにとって見極めるべき「真のリスク」とは何か?
多くのユーザーにとって最大の心配はステーブルコインの「ペッグ外れ」だろう。だが、2026年の“本質的リスク”はもっと構造的である。
A)アクセスリスク:「地域や取引所で使えなくなるのでは?」
たとえグローバルに流動性があっても、地域規制による制限で換金ルートや利便性が減少するリスクがある
B)償還リスク:「緊急時に換金できるか?」
市場が混乱した時、最低償還額や手続きの煩雑さが浮き彫りになり、流動性危機が実際の資金不安に直結する可能性がある
C)コンプライアンスリスク:「取引所が急に取り扱いを停止しないか?」
法的体制変化や各国政策によって、突然の上場廃止や出金制限の可能性がある
D)集中リスク:「一社に依存しすぎていないか?」
たとえステーブルであっても、1社発行の資産に偏ることは、信用リスク回避ではなく新たな依存構造の形成に他ならない
結論:ステーブルコイン管理は“財務管理”と同等の慎重さが必要になる
7) 規制時代でも「セルフカストディ」は変わらぬ盾
ステーブルコインが制度化され、法人決済手段として普及する一方、セルフカストディの重要性はますます強調されるべきだ。
規制下のステーブルコインも、オンチェーンで保有すれば“誰でも移動できるベアラー型資産”であることは変わらない。
つまり、安全性は「どこで管理しているか」に依存する:
- 取引所に置けば、運用方針の変化や出金凍結等のリスクがつきまとう
- セルフカストディなら、自立した移転・チェーン可視性・流動性の移動制御が可能になる
そのため、ハードウェアウォレット(例:OneKey)の存在意義は、もはや理念ではなく実用となる。秘密鍵はオフラインで管理され、複数チェーンに対応でき、大規模トランザクション時のセキュリティ確認も容易だ。
結論:二つのテザー、ひとつの市場現実
USDtは、規制が今ほど整備されていなかった時代に、確固たる流動性と取引網を勝ち取り、「現実のドル」として君臨してきた。しかし、2025年以降、時代は変わった。ステーブルコインは金融インフラとして吸収され、銀行型の監査と法域ごとの許認可制度に組み込まれつつある。
USAtとは、まさにその現実に向き合ったテザーの答えである。すなわち、米国市場向けに築かれた“もう一つの顔”だ。
ユーザーにとって重要なのは、銘柄への忠誠心ではなく、リスクマネジメント戦略である:
- 「明日、自分の地域で使えるか?」
- 「一社への依存度が高すぎないか?」
- 「セルフカストディで柔軟性を保てているか?」
ステーブルコインが、インターネット時代の現金レイヤーとなるなら、それをどう安全に保有し、自由に動かせるかこそが、真の「金銭的主権」を形作るのである。



